待乳山聖天 巾着と二股大根 | 大江戸探訪 浅草観音裏をめぐる

待乳山聖天 巾着と二股大根 | 大江戸探訪 浅草観音裏をめぐる

十一面観音菩薩の化身「大聖歓喜天」
大根をお供えしてお願い事を
きっと良いことがありますよ
商売繁盛,夫婦和合,子孫繁栄

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待乳山聖天 境内

ここ待乳山聖天は金龍山浅草寺の支院で待乳山本龍院といいます。その創建は縁起によりと、推古天皇3年(595年)の夏、旱魃(かんばつ)のため人々が苦しみ喘いでいた時に、十二面観音が大聖歓喜天に化身してこの地に姿を現し人々を救ったため聖天さまとして祀ったといわれます。(案内板より)

聖天さまの霊験あらたかなことは、昔より広く人々の間で知られており、大変ご利益があるということで多くの方々がお参りに来られています。

少し遠くから見るとこの土地が周りよりも少し高く盛り上がっているのがわかりますが、これは大聖歓喜天が金龍の姿で舞い降り際に、盛り上がったといわれています。ちなみに、Webで調べてみると、浅草の待乳山が標高10mで東京の最低峰(「日本山名辞典」による。国土地理院の25000分の1地形図には山名表示はありません)となっているとか。山と呼ぶにはちょっと無理があるような・・・。

巾着と二股大根

境内各所に巾着と二股大根のモチーフがあります。巾着は財宝で商売繁盛を表し、大根は夫婦和合、縁結び、子孫繁栄を表すものです。1月には大根まつりも行なわれ、大根をお供えすることでも有名です。大根は人間の深い迷いの心を表すといわれており、大根を供えることによって洗い清めていただく意味合いを持っています。

そのため、多くの参拝者は大根をお供え物として持参しており、本堂には大根が山のように積まれています・・・いったいあの大根はどうするのかなと思ったら、本堂の脇にお一人様一袋お持ち下さいとおさがりとして配られていました。

待乳山聖天 山門

境内に一歩足を踏み入れると、多くの緑が茂り静寂に包まれ、大変落ち着く場所となっています。江戸時代には東都随一の眺望の名所と称され、大変賑わっていたようで、多くの浮世絵や詩歌などの題材ともなっています。広重の錦絵に描かれている築地塀が江戸時代の名残をとどめています。

築地塀

また、小説家池波正太郎氏はこの近くの生まれで、多くの歴史、時代小説を書く上で、少なからずとも影響を受けたのではないかと想像されます。

待乳山聖天 (まつちやましょうでん)

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